カミワザとは

Windowsで動作するパソコン向けのファイル管理ソフトです。
ファイルソフトはフォルダの形をしたものが一般的ですが、ファイルの整理をしやすいよう本棚の形をしています。
クライアントサーバーシステムですので、各自のパソコンに表示された本棚にファイルを整理することで、サーバーの本棚にファイルが整理されるものです。
ネットワーク上の本棚に皆で協力してファイルを整理して利用するといったものです。
ファイルソフトを本棚と同じ形にすることで、見た目も使い方も同じになり経験値もあるので迷わずにご利用いただけます。
また利用者毎にその人に必要な本棚だけを表示する機能により、一人一人にとって使いやすいシンプルな本棚になることがファイルを探す時間のムダを短縮します。
本棚のファイルをそのまま編集することも可能です。その際にファイルを保全するよう、削除したり上書きしたりしてもファイルを消失しない仕組みにしています。
サーバー機にはWindowsServerだけでなく、普通のパソコン(Professional版)が使えますので、部長のノートパソコンをサーバーとして、部下が部長パソコンの本棚を利用するといった使い方が可能です。その際には万が一の部長のパソコンの故障に備えて、日時を指定した自動バックアップ機能があります。

パソコンの使い方を見直しましょう ~ 文明とは道具 ~ 

私たちはホモサピエンスという種だそうです。地球が寒冷化する過程で大型の獲物が減り、動きの速い小動物ばかりになった際に、これ等を捉える道具を開発して生き延びたといわれています。

道具は大事なものですが、実は文明は道具によって成り立っています。道具がなければ文明も存在しないことをご存知でしょうか。
例えばあなたが乗った客船が嵐に遭遇して難破したとします。気が付くと無人島にサーカス団のライオンと一緒に打撮り着きました。
身を守る道具はなく、ここでは人間はライオンのエサ以外の役割は与えられていないのです。

私たちの周りには様々な道具が有ります。
飛行機は空を飛ぶための道具です。そしてパソコンは業務の効率化するために用います。
ところが、山梨県のある市役所ではパソコンを導入したことで業務がどれだけ効率化したかを、専門のプロジェクトチームを作って調査したところ「個々の業務は効率化したものの、その分ファイルを探す時間が増えたことと相殺して効率化していない。」といったものだったそうです。
これでは空を飛ぶために購入した飛行機が「実は飛べなかった」というようなものです。

私たちは「パソコンだから業務が効率化すると思っていましたが、実は違っていたのです。そしてその理由は「ファイルの管理ができない。」というものでした。
ファイルはパソコンにより書類や図面が姿を変えたものですが、苦もなく書類を本棚から取り出していました。
ところがパソコンでは、高度な情報処理装置にもかかわらず、手作業で行えていたことができないというのです。これは社会のマンガのような話なのです。
そしてこのマンガが改善されないことが、パソコン運用の問題点なのです。

何故~マンガ~が改善できないのか?


マインドセット

調査をした市役所では未だにファイルの問題を改善できていません。
世の中にはファイル管理という解決することのできない問題が存在しているのでしょうか。そしてこれは市役所にとどまらず、世の中の組織に共通する問題点に思えます。
不思議なのはパソコンが普及して30年が経過するのに、何故未だに解決されないのかということです。

皆さんはマインドセットという言葉をご存知でしょうか。固定観念や常識といったものですが、実はファイルの問題の原因はマインドセットの中にあります。
ところが誰もこの中を疑わないので原因を見つけられないのです。「パソコンとはそういうもの」といったように飛び越えてしまいマインドセットの中を疑うことをしません。
原因の一つはフォルダの形をしたファイルソフトを用いていることです。実は中身の見えない入れ物に「もの」を整理する事例は古今東西存在しません。
整理をしてもどこに何が入っているのか分からず中を開いて一つずつ調べなくてはなりません。これでは「もの」を整理しても効果がないので、そのような入れ物を使わないのです。
共有フォルダも中身の見えないので同様です。共有フォルダにファイルを整理するのは、段ボール箱に書類を整理するのと同じです。効果がなくフィルを探すのに時間がかかります。

もう一つの原因は「パソコンは個人で管理する」といった使い方です。これも常識としてマインドセットの中にあります。
普通に考えますと、ファイルの整理は部署の皆の協力が必要です。しかしパソコンは個人管理なのでこれを行わないのです。
ファイルの問題を解決できないのは、マインドセットの中のこの2つ原因によるものです。

パソコンの使い方

職場では「個人で管理するもの」、「他人のパソコンを勝手に操作してはならない」といった使い方が一般的です。
上司の指示ではない筈ですが、どこから来たのでしょう。
これは30年前のアメリカの一般家庭の使い方です。起動時のパスワードは1台のパソコンを家族でシェアする機能であり、お母さんのアカウントではお母さんのパソコンになり、お子さんのアカウントではお子さんのパソコンになりました。例え親子であっても互いのプライバシーを侵害しないという、いかにもアメリカらしい文化や習慣を反映した機能だったのです。
そんなパソコンを操作した人は「パソコンは個人で管理するもの」、「他人のパソコンを勝手に操作してはならない」といったことを学んだのです。

パソコンとの関係


道具を使うことが上手かった私たちにとって、道具は特別なものに違いありません。
そのためか、初めての飛行機を目撃した人のように、私たちは技術の粋を集め最先端の道具をリスペクトしてしまう傾向にあります。
パソコンが登場する以前の人にとって、コンピューターは遠い世界の話であり、係わりを持つようになると想像した人はいませんでした。そのためパソコンは私たちにとって驚きの対象でありリスペクトの対象になったのです。
これは当時の「パソコンを覚えられないと会社にいられない」とか、「パソコンができないと就職できない」と言われた社会現象からもわかります。
道具は使って評価するものですが、パソコンは使う前から「業務を効率化する」と評価されていて、これに異を唱える人はいなかったのです。

私たちはパソコンと接する最初の段階で、過剰とも思えるパソコンへのリスピクトが存在していました。
そしてこのことが、パソコンを使う上での様々な弊害をもたらしました。
パソコンをリスペクトしているので、パソコンを疑うことをしなかったのです。
そして「パソコンは個人で管理するもの」は本来家庭の使い方ですが、何故この使い方を組織で使うようになったのでしょう。
それもパソコンへのリスペクトが影響したと思われます。パソコンの操作には何か特別なルールがあるのに違いないと勝手に思い込み、そのルールが「パソコンは個人で管理するもの」、「他人のパソコンを勝手に操作してはならない」といったものだったのです。
そしてこれらも常識としてマインドセットの中に封印されたので、その後疑うことをしなかったのです。
現在の若い人はパソコンをリスペクトしていませんが、職場でのパソコンの使い方としてこれが継承されているのです。

パソコン個人管理

職場は組織活動をしていると思います。組織は業務を効率化するための仕組みです。そして組織には「情報を共有しましょう」といった、組織活動をするための専用のルールがあります。ところがパソコンの個人管理は組織のルールにそぐわないのです。
人体も組織活動をしているので、これを例にします、

体は分業していて多くの部位が存在します。考えるのは脳、動くのは手足といったものです。
そして組織には必要不可欠なルールが存在します。それは「与えられた役割以外はしてはいけない」というものです。
例えば脳が右に行けと命令しても、足が「左の方が良い」と考えてしまうと、歩行ができないからです会社組織も組織化している職場も同じです。脳に脳等するネージャーに情報を集め、ネージャの指示により各自が行動することを求められます。

ところが情報処理装置であるパソコンを個人で管理するということは、各自がパソコンを使って情報処理をすることを想定していますが、ここにはマネージャーに情報を集約するという概念がありません。
これは「今後は足や手も考えるようにすること」と指示するようなもので、担当者が欠勤をするだけで情報を取り出せなくなります。このように組織が劣化して個人事業主の集合体になるのです。

職場が長年積み上げてきた組織という効率化の仕組みを「パソコンによる効率化」といった幻想が壊したのです。

パソコンリスペクトの弊害

私は前々から不思議にお思っていたことがありました。
パソコンを組織で導入するようになると故障することも多く、パソコンが壊れてファイルを消失することも良く有りました。
復旧ができない、バックアップもしていない、作成するのに多大な時間を要しているといった状況では、当事者にとっても相当なダメージになるはずですが、実際にそのような場に遭遇したさいに、ことの他、当事者が明るいのです。周囲との歓談による笑い声も聞こえます。
書類や図面をやりとりしていた頃には想像できないことですが、これもパソコンへのリスペクトが影響していると考えます。
当時の社会や職場はパソコンへの評価はとても高いものでした。それに対して従業員はリスペクトされていません。それどころかパソコンを使えるようにならないと解雇されるのです。パソコンと人との立場は圧倒的にパソコンが高かったのです。
あなたがもし、職場の評価がとても高い上司と仕事をしていて上司が大きなミスをしたします。その時あなたは困るでしょうか。ミスをしたのは上司なんであなたは困らないのです。
これと同じで、あなたよりもはるかに高く評価されているパソコンが故障しても貴方は困らないので、周囲と歓談できるのです。
前述の調査を行った市役所のプロジェクト、メンバーにお会いしたことがあります。ファイルの問題は解決出来ないのですが、私は簡単に諦めすぎているように感じました。
しかしここでも「パソコンがしていることですので仕方がないですよ」といったように、「高く評価されているパソコンの問題点には責任を負わなくて良い」といった感覚をかんじたのです。
パソコンは業務を効率化するための道具です。普通は道具が壊れて業務に支障を来したなら、使用者が責任を感じる者ですが、パソコン誕生当時のパソコンへのリスペクトが未だに尾を引いていてるのです。パソコンの存在したいがマインドセットに封印したようなものです。誰もここを疑わず、真剣に改善しようとしないのです。