パソコンは業務を効率化しない

 パソコンを導入したことで、どれだけ業務が効率化したかを山梨県のある市役所で調査したところ「個別の業務は効率化したものの、その分ファイルを探す時間が増えたことと相殺して効率化していない。」との調査結果を得たそうです。
 そしてこの問題を解決しようとしてできなかったそうです。パソコンが普及して30年が経過するのに、何故この問題を未だに解決できないのでしょう。

マインドセット

マインドセットという言葉をご存知でしょうか。固定観念や常識といったものです。実はファイルの問題の原因はマインドセットの中にあります。しかしこの中に入っているものは常識と考えられているので誰も疑うことをしません。「パソコンはそういうもの」といって飛び越えてしまうのです。

ではファイルの問題が解決出来ない問題は何かというと、一つはフォルダの形をしたファイルソフトです。
中身の見えない入れ物に整理しても効果を発揮しないからです。
もう一つは「パソコンは個人で管理する」といった使い方です。
ファイルの整理は共同作業ですが、このルールでは共同作業ができないのです。

 ファイルを探す時間のムダというのは、従来では本棚から書類を取り出す行為なので簡単なものでした。
これを高度なパソコンという情報処理装置ができないというのは、車を購入したが走った方が速かったようなものです。このような可笑しなことが発生するのは、パソコンの使い方の何処かが間違っていることを表しています。
そしてその原因がマインドセットの中に2つ隠れているのです。

パソコンの歴史

ここではパソコンの歴史と私たちの特性を知っていただきます。
私たち人類はホモサピエンスという種だそうです。地球が寒冷化する過程で大型の獲物が減った際に、動きの速い小動物を捕まえる道具を使えたことが、生き延びた原因といわれています。
私たちは道具を使うのに長けた種と言えますが、そのためかライト兄弟の飛行機を見た人のように最先端の科学技術をまとった道具をリスペクトしてしまう傾向があります。
パソコンが登場する以前の人にとって、コンピューターは遠い世界の話であり、係わりを持つことになるとは誰も考えていませんでした。そんなコンピューターが現れたことから、当時はパソコンがリスペクトの対象になったのです。

パソコンは個人管理?

会社では「個人で管理するもの」「他人のパソコンを勝手に操作してはならない」といった使い方が一般的です。これは上司の指示ではありません。ではどこから来たのでしょう。
それは30年前のアメリカの一般家庭の使い方です。起動時のパスワードは1台のパソコンを家族でシェアする機能でした。お母さんのアカウントではお母さんのパソコンになり、お子さんのアカウントではお子さんのパソコンになりました。例え親子であっても互いのプライバシーを侵害しないという、いかにもアメリカらしい文化や習慣を反映した機能だったのです。
そしてこの機能から私たちは「パソコンは個人で管理するもの」「他人のパソコンを勝手に操作してはならない」といったことを自然と学んだのです。

個人管理は組織ではタブー!

会社は組織活動をしています。これは業務を効率化するために必要な仕組ですが、個人管理とは相容れないところがあります。
人体も組織ですが考えるのは脳、動くのは手足といったように多くの部位が存在します。そして組織には「与えられた役割以外はしてはいけない」といった専用のルールがあります。
それは脳が右に行けと指示を出しても足が「左の方が良い」と考えてしまうと歩行ができないからです。
パソコンが会社に入ると会社の情報が各自のパソコンに分散するようになります。情報処理装置であるパソコンを個人で管理するというのは、人体に当てはめると「今後は足や手も考えていよい」と指示することと同じです。そのため組織活動に支障を来します。担当者が欠勤するだけで業務が滞るのはその表れですが、組織が個人事業主の集まりに変わってしまった指標なのです。

パソコンリスぺクトの弊害

現在のパソコンの使い方は家庭で用いるには問題ありませんが、会社で用いるべきものではありません。では一体何故そのような使い方一般的になったのでしょう。
パソコン登場当時のパソコンへのリスペクトが影響していると思われます。リスペクトするあまり何か特別な使い方が在るのに違いないと考え「個人で管理するもの」「他人のパソコンを勝手に操作してはならない」といった身に着けたルールがパソコンの使い方だと考えたのです。
現在の若い人達がパソコンをリスペクトするはずありませんが、会社では30年が経過してなお、これをパソコンの正当な使い方として継承しているのです。

当時はパソコンへのリスペクトを物語る社会現象が起きました。
「パソコンを覚えられないと会社にいられない」とか「パソコンができないと就職できない」と言われたのです。本来なら道具は人が評価するものですが、この時代はパソコンが人を評価していたのです。

このような主従逆転の状況下では可笑しなことが起きました。
導入したパソコンが故障することがありました。当時はバックアップをすることもなくファイルを消失することがあったのです。
これは当事者にとって大きなダメージのはずですが、当事者は意外と明るく周囲との歓談で笑い声も聞こえることもあったのです。
当事者は労働の成果を失ったのですから大事故のはずですが、そのような感覚がないのです。ここでは当事者にどのような心理的作用が発生したのでしょう。

当時のパソコンの評価はとても高いものでした。それに対して人の評価は低いもので、評価の高い上司と部下の関係に似ていました。
上司が大きなミスをしたとしましょう。その際に部下は困るでしょうか。評価の高い上司がミスをしても部下が困ることはありません。電卓なら所有物と考えているので少しは責任を感じるかもしれませんが、評価の高いパソコンが壊れても使用者が困ることはなかったのです。

そしてこの心理的作用は現在においても散見できます。
調査を行った市役所のプロジェクトチームのリーダーと話をする機会がありました。その時に感じたのは「ファイル管理の問題を簡単に諦め過ぎる」というものでした。
その背景には「パソコンがすることなので仕方がないですよ」といった考えがあるのかもしれません。

パソコン登場当時のリスペクトがその後のパソコンの使い方を誤らせました。それから40年が経過しました。現状の慣習が業務の効率化を阻んでいるので、そろそろパソコンとの関係を見直す時期と考えます。